内務省作成の「灯火管制」教育フイルム
 夜間、爆撃目標となる工場や都市を空襲から守るため、灯りの管理は徹底されました。
1944年より始まる本土空襲の初期は、昼間の高高度からの爆撃でしたので「灯火管制」はあまり意味を持ちませんでした。 1945年3月の東京大空襲以降は夜間低高度爆撃となり「灯火管制」がある程度効果を持ってきましたが、すでに米軍はAPQ-13というレーダー装置をB29に搭載し、レーダーによる爆撃を開始していました。また爆撃時にも照明弾を散布する役割を受け持つ機を配置し爆撃地点を明るく照らしていたため効果はあまりなかったようです。 しかし、市民生活の中では防空法のもと徹底した体制が要求されました。




灯りを漏らすな 「灯火管制」